吉田松陰と高杉晋作の志を読んで~中編~
こんばんは。
俊明です。
前回のブログには、
を読み始めて感じたことや、読もうとしたキッカケを書かせてもらいました。
今回は、少し読み進んで、勉強になったことを記載していきます。
4章まで読み終わったので、吉田松陰先生の幼少時代~幕府を驚かせる行動をし始めた頃までの内容を読み終わりました。
じっくりと内容を落し込みながら読んでると、新書でもなかなか進みませんね。
吉田松陰先生は、幼少時代から武士として文武両道を志します。
けれど武道には不向きな体格であり、剣の道を極めるのは難しかったそうです。
その時に学舎の先生から、
「不得意なことがあっても、恥じることはない。それを無理してやる時間があるなら、得意なことに費やして社会貢献する方がいい」
と教えを受けたそうです。
ここでのポイントは、「得意なことをやる」のではなくて、「得意なことで社会貢献する」ですね。
社会貢献に繋がるなら、文武両道じゃなくてもいいんですね。
僕は、自分の得意なことをどのように活かすと、社会に貢献できるのか考えてみました。
社会貢献と考えると、範囲が広いし、誰が対象か曖昧ですよね。
なので、自分の近くにいる人たちの役に立つことはないかを考える事にします。
吉田松陰先生も、松下村塾で身近な人に学問を教え始めたそうです。
松陰先生が教えた期間は、ごく僅かだったそうですが、明治時代を造り上げた何人もの長州男児を輩出しています。
これは色んな所から秀才を集めてきたからではなく、どこにでもいる少年達の特性を読み取り、最適な育成や教育を実施できた松陰先生の凄さだと思います。
そして松陰先生は、先生という立場でありながら、生徒に混ざって討論することで、対等な立場を貫いたのだと思います。
一方的に教わるのでなく、自由に自分の意見を発信できる松下村塾だからこそ、激動の幕末や明治を作れたのだと感じました。
議論する中で、今とは違い、必要な情報はすぐに手に入りません。
ネットで調べることも、テレビから情報を得ることも出来ないのです。
この時代の人は、村で一番の物知りから話を聞くか、何日もかけて現地まで歩いて行く事で情報を得ていたそうです。
数秒で知りたいことを知れる今とは、大違いです。
ただ調べる過程で、寄り道する面白さを知ったり、そのものの深みを知ることができたみたいです。
確かに、自分でじっくり時間をかけて学んだことって、のめり込んでいきますよね。
本来知りたかった事以外に、興味を持つこともあります。
昔の人は、その感覚を何度も何度も体感していたみたいです。
今は知りたいことを調べたら、それ以外のことに派生するってあまりないですよね。
寄り道の面白さや物事の深みを知る機会が多かったから、議論を盛んに行え、机上の空論に終わることがなかったのだと感じました。
便利に頼りすぎずに、自分の見聞を広げるためにも、寄り道した方が良さそうですね。